千葉県佐倉市国立歴史民俗博物館

桜の季節を迎え、卒業証書や花束を持つ制服姿の方を見かけます。学生でもない自分はこの時期が出会いや別れの季節というのを遠い記憶に感じております。

卒業証書の筒を勢いよく開け、「ポンッ!」という音を楽しんだのは、印象深く記憶に残っております。

長い歴史をみつつ、いま

少し前になりますが、去年に千葉県佐倉市にある歴史博物館に行ったお話です。

昨今、コロナの影響による法要の縮小やオンライン化が増えております。もちろんコロナ前から法要の縮小化、簡略化は進んでいましたが、コロナの影響によってそのような変化が大きく促されたとみることができると思います。

私たちは法要が変化しているというのを自分が幼い頃から見てきたものを基準に語ってしまいがちですが、そもそも供養のあり方は時代に伴って変化し続けているものです。例えば、最近増加している墓の形態に個人墓があり、これは自分一人ないし夫婦で入る、あるいはペットも一緒に入るというものである。これは先祖を重視しない考えの表れであると見ることもできますが、そもそも「○○家先祖代々」という墓の登場は大正~昭和初期のようです。それ以前の墓のあり方は、少なくとも形状としては現在台頭している個人墓に近いものであったと見ることもできます。

自分が目にしてきた範囲で現在生じている供養の変化を語ることは、偏狭な考えに陥ってしまうこともあります。そのため、この数十年だけではなく、もっと長い歴史的なスパンで法要のあり方、供養のあり方の変化を捉える視点が必要なのではないかと思います。それによって自分の常識もまた歴史的な変化の一時点であるという認識を得ることができるであろうし、今日生じている変化に対応していくことができると考えます。

亡き人と暮らす―位牌・仏壇・手元供養の歴史と民俗―

千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の特集展示「亡き人と暮らす―位牌・仏壇・手元供養の歴史と民俗―」の見学を行いました。特集展示は「仏壇のかたち」、「位牌の多様性と仏具」、「手元供養の誕生と仏壇の行方」で構成されており、仏壇や位牌、仏具、手元供養など、民俗的なものから現代的な供養のかたちをみることができました。

例えば、仏壇は厨子型の仏壇が一般的にイメージされますが、展示では青森県で使用された家具同様に移動が出来る「戸棚式家具仏壇」が展示されていました。上部は障子の引き戸になっており、戸を閉めると普通の家具にしか見えません。さらに中には段が設けられ、位牌やお供えものなどが置かれていたようです。地域による仏壇の多様な形態と祀り方を目の当たりにし、現代の仏壇との比較をしながら見学をしました。

 

他にも沖縄の「トートーメー」と呼ばれる位牌が展示されていました。故人お一人に対して、一つの位牌ではなく、先祖の方々の俗名、あるいは戒名を書き記した札を横並びにする沖縄独自の位牌です。これは中国文化が大きく影響していることから、沖縄の歴史的・地理的背景も合わせて学ぶ必要性を感じました。

現代、新たに登場している手元供養についての展示も充実していました。一見単なるフォトスタンドのような形をしているものが、実はその中に遺灰を入れられる仕様になっていたり、さらには、指輪の一部に遺灰を入れられることができるものが展示されていました。亡き人に対する大きな思いが手元供養という物理的な形をもった供養へと展開し、新たな広がりをみせていました。

変化に柔軟に

今回の見学を通して、供養のあり方が多様なものであるということを受け取りました。地域や時代によってそのあり方は変化してきており、現在も変化しつづけています。特集展示の大きな特徴は、供養の形が位牌や仏壇、手元供養という「形」として展示されていたことです。実際にそれに向かって手を合わせていた位牌や仏壇などをみることによって、「供養」と一口に言ってもそれら背景は様々であるということを肌感覚で理解することができました。

また、弔いのあり方は祀る形態に大きく左右されるということも考えさせられました。大きな仏壇がある家には必然的に相応の仏間があり、そうした仏間でなされる供養を前提に棚経や月参りといったものが行われてきたのだろう。そういった、いわば「装置」とも「環境」とも表現できるものが変化を被れば、自ずから供養のあり方も変わっていくと予想されます。写真のみしか飾られていない家、手元供養しか行っていない人のための供養とはいかになされるべきなのか。「供養」に個別的な受けとめるべき課題があることを前提に、今後も考えていきたいと思います。

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