災害に動く動ける

震災のことを振り返る時は映像よりも本を手に取り、自分のペースで震災を振り返るようにしています。震災の時に支援や傾聴などの活動をしていた人が多くいる中、「cafe de Monk」の活動を記録した本を手に取りました。

2011年の東日本大震災に始まった移動傾聴喫茶「cafe de Monk(カフェ・デ・モンク)」。それ以前までは、自死相談活動で相談者の言葉に耳を傾けていました。震災後、移動傾聴喫茶「cafe de Monk(カフェ・デ・モンク)」として、お寺などの定住空間ではなく、そこから飛び出し、ノマド(遊牧民)のように被災者の元へと向かったのです。

「cafe de Monk(カフェ・デ・モンク)」に置くメッセージボードには

Cafe de Monk はお坊さんが運営する喫茶店です。

Monk は英語でお坊さんのこと。

もとの平穏な日常に戻るには、長い時間がかかると思います。

「文句」の一つも言いながら、ちょっと一息つきませんか?

お坊さんもあなたの「文句」を聴きながら、一緒に「悶苦」します。

『3.11 生と死のはざまで東日本大震災』金田諦應 p.26

ここでは宗派や教義といったことは話さず、被災者の言葉に耳を傾け、自身の価値判断を入れず、ただひたすらに聴きます。相手のお話を逸らさず、遮らず、真正面から受け止めます。真正面だから、お坊さんも「悶苦」するのでしょう。

傾聴活動は「自他」の境界線を越える作業であると言われ、

自他の境界線を越える

Cafe de Monk の空間。

そこで人は、他への切なる想いは、やがて自他の境界線を越える。

自分もなく他人もなく、やがて言葉も超え、「慈」と「悲」で満たされる。

『3.11 生と死のはざまで東日本大震災』金田諦應 p.236

被災地は東日本大震災という筆舌に尽くし難い惨状を目の当たりにし、他者への配慮や思いやりをもった行動であふれていました。自分さえ良ければいいという感覚はどこにもなく、見聞きした他人の悲しみや苦しみを自身の身に引き当てて、苦悩を共有し、共にこれまで前を向いてきました。その中に物資や医療、娯楽などの支援してくださる方々が生活をサポートしてくれました。その中に宗教者もおり、移動傾聴喫茶「cafe de Monk(カフェ・デ・モンク)」の活動や理念に共感し、取り上げさせていただきました。

本の内容も言葉巧みに描かれており、情景や心情が細かく伝わってきます。さらに詩的な表現も加わり、より没入して味わえる東日本大震災の本です。

Cafe de Monk は、宗教・宗派・教義を超えて

苦悩と悲しみが渦巻く被災地には、教団や宗教・宗派の枠組みは意味がない。

目の前の現実から湧き起こる「問い」に間髪を入れずに応じ、そして素早く行動を起こす。

宗教は、無限の空間を切り裂き、そして伸び続ける。

『3.11 生と死のはざまで東日本大震災』金田諦應 p.252

 

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