誰かの「できる」が集まるお寺

このところ、お寺のこれからについて考える機会が増えました。
葬儀や法事、ご供養を大切に勤めていくことは、もちろんお寺の大切な役目です。
その一方で、
「お寺は、地域の中でほかに何ができるのだろう」
と考えることがあります。
坐禅会や写経会、親子坐禅会、てつがく対話などを開催すると、それぞれ異なるきっかけを持った方がお寺を訪れます。
坐禅をしてみたい方。
静かな時間を過ごしたい方。
誰かと話してみたい方。
子どもと一緒に何かを体験したい方。
始まる前には、ほとんど言葉を交わしていなかった人同士が、終わる頃にはお茶を飲みながら話している。
そんな光景を見るたびに、お寺は仏事を勤める場所であると同時に、人と人とが出会う場所でもあるのだと感じます。
地域の声から始める
先日、『地域寺院』という冊子の中で、千葉県勝浦市にある妙海寺の記事を読みました。
妙海寺では、ご供養だけではなく、子どもたちの学びの場、健康づくり、料理教室、地域の魚を生かした商品開発など、実にさまざまな活動が行われています。
記事に掲載されていた活動の図を見ると、お寺を中心として、一本の木から枝が伸びるように、たくさんの取り組みが広がっていました。
「こんなにもたくさんの活動をしているのか」
と、その数にも驚かされました。
けれど、最も心に残ったのは、活動の多さではありません。
妙海寺が大切にしているのは、
菩薩の生き方ができる人を増やすことが一番大切
という考え方でした。
お寺が何もかも行い、地域の人たちに何かを与えるのではありません。
料理が得意な人。
子どもと関わることが好きな人。
健康についての知識を持っている人。
魚や地域の産業に詳しい人。
それぞれが持っている知恵や経験を持ち寄り、誰かのために生かしていく。
最初は活動に参加していた人が、やがて誰かを支える側に回っていく。
妙海寺は、そうした人の循環をつくろうとしていました。
お寺がしたいことではなく
記事の中には、「地域へのマーケットイン」という言葉も出てきました。
マーケットイン。
お寺の話として聞くと、少々意外な言葉です。
けれど、その意味はとても大切なことだと感じました。
お寺が、
「これをやりたい」
「この活動を地域の人たちに届けたい」
と一方的に考えるのではなく、
「この地域では、どのようなことに困っているのだろう」
「どのような場所が求められているのだろう」
と、地域の声を聞くことから始めるのです。
お寺の都合から考えるのではなく、目の前にいる人の声から考える。
これは、仏教で説かれる菩薩の姿にもつながるように思います。
菩薩というと、仏像としてお祀りされている特別な存在を思い浮かべるかもしれません。
しかし、誰かの苦しみや困りごとに気づき、
「自分に何かできることはないだろうか」
と考え、できる範囲で手を差し伸べる。
その姿もまた、菩薩の生き方なのだと思います。
何でもできるお寺ではなく
地域とつながるお寺と聞くと、たくさんの行事を開催し、大勢の人を集めるお寺を想像するかもしれません。
私自身も、
「もっと活動を増やさなければ」
「何か新しいことを始めなければ」
と、つい考えてしまいます。
しかし、お寺が地域のすべての課題を引き受けることはできません。
できないことまで抱え込み、住職や寺族が疲れ切ってしまっては、活動を続けることも難しくなります。
大切なのは、お寺が何でもできるようになることではなく、地域の中にある力が出会う場所になることなのかもしれません。
誰かの「困った」と、誰かの「できる」。
誰かの知恵と、誰かの願い。
これまで出会うことのなかった人同士が、お寺という場所を通してつながっていく。
お寺が地域を引っ張っていくのではなく、お寺もまた地域の一員として、一緒に考え、一緒に動いていく。
そのための、少しばかりの場所と時間をひらくことなら、私たちにもできるように思います。
小さなご縁から
満福寺でできることは、決して多くありません。
坐禅をすること。
写経をすること。
お茶を飲みながら話すこと。
子どもたちと一緒に身体を動かすこと。
一つの問いについて、答えを急がずに語り合うこと。
どれも地域の課題を一度に解決するような、大きな活動ではありません。
それでも、そこで知り合った人同士が挨拶を交わすようになったり、
「今度、こんなことを一緒にしてみませんか」
という話が生まれたりすることがあります。
その小さなつながりが、いつか誰かの支えになるかもしれません。
地域とつながる寺院とは、たくさんの行事を行う寺院ではなく、地域の声に耳を傾け、そこに暮らす人たちの力が自然と交わる寺院なのだと思います。
そして、そこで一人でも、目の前の誰かを思い、自分にできることを差し出す人が増えていく。
それが、妙海寺の掲げる「菩薩づくりのまちづくり」なのだと感じました。
満福寺も、背伸びをして大きなことを始めるのではなく、無理なく、手の届く範囲から。
地域の皆さんと一緒に考えながら、誰かの「できる」が集まり、小さなご縁が生まれる場所でありたいと思います。


