啐啄同時(そったくどうじ)

「啐啄同時」は、禅の大切なことばの一つです。
雛が殻の内から“啐(そつ)”とつつき、親鳥が外から“啄(たく)”と応じる。その瞬間が同時であるとき、いのちは殻を破って外へと出てきます。
禅では、師と弟子の呼応、そして学びの機縁をあらわす譬えとして大切にされてきました。
わが家の4歳の娘は、幼稚園に通っています。
毎朝、持たせるふりかけの小袋に小さな絵を描きます。

帰宅後、「今日の絵、どうだった?」と声をかけると、そこから幼稚園での出来事がぽつりぽつりとこぼれます。
絵本は、手に取りやすいよう表紙を前に向けて並べます。

ピアノに向かいやすいよう、楽譜をそっと用意しておきます。
“やりなさい”ではなく、“やってみようかな”が芽を出すように。
そんな環境づくりを、ささやかながら心がけています。
もちろん、うまくいく日ばかりではありません。
まったく反応がない日もあれば、思いが空回りする日もあります。
そして、わけのわからないYouTubeを見ていることもしばしばあります…。
それでも、子どもが内側から「啐」と声をあげる瞬間を待ちながら、
親として外側から「啄」と応じること。
その呼吸が合うときの、あの小さな喜び。
子育てもまた、啐啄同時の実践なのだと感じる今日この頃です。
満福寺でも、どなたの内にもある小さな“啐”を大切にしながら、
そっと“啄”と応じられる場でありたいと願っております。


