海の向こうのZENを求めてPart4

桑港寺にお参りできず
この日は桑港寺へ。その前にサンフランシスコ禅センターから徒歩3分くらいで行けるカフェ、ラ・ブーランジェリー / La Boulangerieで朝食。優しい水色に包まれているおしゃれな店内、普段慣れているコーヒーのSサイズとはひと回りくらい大きく、お腹も心を満たして、お店を出ました。

その後、桑港寺へ。桑港寺はサンフランシスコの街中にあるジャパンタウンにあり、向かう道中には日本語の看板やお店などが立ち並んでいました。

そして、いざ桑港寺。しかし、閉門。連絡をしていない我々の責任である。同行していたデューク大学の教授が、当時のジャパンタウンの背景について話してくれました。かつては差別が多く、日本人は安全を確保するために特定の地域に集まって暮らしていたそうです。しかし近年では、差別が比較的薄まり、他の地域でも暮らしやすくなったことから、ジャパンタウンに住む日本人は減少しているとのことでした。

桑港寺は、磯部峰仙老師とサンフランシスコに暮らす日本人移民の方々によって生まれました。かつてユダヤ教の礼拝堂だった建物を改装し、「サンフランシスコの寺」を意味する「桑港寺」と名づけられたのが、そのはじまりです。
それからおよそ90年。戦争や差別、困難の時代をくぐり抜けながら、人々の祈りとつながりの場所として歩みを続けてきました。太平洋戦争中、多くの日系人が強制収容所へ送られる中でも、仲間たちは寺の土地を守ろうと支え合い、戦後に再び灯をともしたと伝えられています。
1960年代には、鈴木俊隆老師がこの地を訪れ、禅の教えを広くアメリカに伝えていきました。その流れはやがてサンフランシスコ禅センターの誕生へとつながり、新たな禅の歴史がこの地から静かに始まっていきました。次回、訪れる機会があればご住職さんとあらかじめ、コンタクトを取りたいと心の底から思いました。
MoMA美術館とオラクルパークは行くよね?
正直、MoMA美術館もオラクルパークもそれほど興味があったわけではありませんでした。実際に足を運んでみると、思いがけず心が動かされました。
MoMAでは、作品そのものの迫力もさることながら、「なぜこの形なのか」「この時代にどう受け止められたのか」と想像をめぐらせる時間が楽しく、気づけば夢中で見入っていました。
一方のオラクルパークでは、野球観戦はしませんでしたが、海風を直接感じる立地とスタジアム全体の雰囲気が心地よく、そこにいるだけで清々しい気持ちになりました。さらに中学校の英語の教科書に載っていたオラクルパークライト側場外の海に打ち込まれるホームランを水しぶきが上がることから「スプラッシュヒット」と呼ばれる現場に行けたことも時を超え感慨深いものがありました。
興味がないと思っていた場所ほど、新しい発見や感動があるものだと実感しました。


すべてが素敵!グリーンガルチファーム蒼龍寺
レンタカーを借りて、山あいのくねくねとした道を進み、グリーンガルチファーム蒼龍寺に到着しました。車を降りると、澄んだ空気と静かな山の景色が広がり、思わず深呼吸をしたくなるような心地よさでした。

到着後、東堂老師(前住職)、そして堂頭老師(僧堂の責任者)にお会いしました。お二人とも伝法などでお忙しいご様子でしたが、丁寧に対応してくださいました。堂頭老師からは、長くグリーンガルチに滞在する人が少なくなっており、運営の在り方を模索しているというお話を伺いました。そのお話を聞き、日本の僧堂でも同じような課題を抱えていることを感じました。修行者や滞在して運営を支えてくれる人の確保、あるいは少人数でも持続できる体制づくりは、アメリカと日本に共通する重要なテーマだと改めて認識しました。老師が棚に飾ってあったごつめの石を手に持ち、この「重たい石」を例に、責任の重さについて語られていたのが印象的でした。
境内では、スタッフの方なのか宿泊者なのか区別がつかないほど、皆さんが自然にそこに溶け込んでいました。すれ違うと「Hi!」や「Hello!」と声をかけ合い、あるいは合掌して挨拶を交わします。その温かい雰囲気に、初めての場所でも安心感を覚えました。
昼食は、グリーンガルチで育てられた新鮮な野菜が中心で、とても美味しかったです。味付けは控えめで、素材の旨味が生きており、つい食べすぎてしまうほどでした。食事は最初の10分間が黙食で、その後は会話をしてもよいという形式です。アメリカ全土、そして海外から来た人たちが集い、食事を通して自然と交流が生まれていました。中には終始黙って食べる「サイレントテーブル」もあり、静かな中で食を味わう時間がとても印象的でした。

食後は、歩いて15分ほどの海へ向かいました。広い砂浜と抜けるような青空が広がり、ただ座っているだけで心が穏やかになりました。自然と一体になるような、癒しの時間でした。

夜は坐禅はなく、同行している先生による鈴木大拙についてのお話を聴きました。英語での講義だったため十分に理解することは難しかったものの、言葉を超えて伝わる雰囲気やエネルギーのようなものを感じることができました。
そして、グリーンガルチファーム蒼龍寺2日目!
朝は5時半起床で、6時から坐禅が始まりました。ところが、坐禅中は鼻水が止まらず、水道のように流れてしまい、なかなか集中できませんでした。悔しい!
坐禅が終わるとすぐに略布薩が行われるため、袈裟を身につけ、べっすを履く動作を素早く行う必要があります。というのも、坐禅堂と法堂(本堂)が同じ場所にあるためです。略布薩はすべて英語で行われるので、ほとんど唱えることができませんでしたが、貴重な経験になりました。

法要を終えると、そのまま掃除の時間になります。みんなで一生懸命に10分ほど掃除をしました。
朝食はお粥とスコーンという組み合わせで、どちらもとても美味しかったです。グリーンガルチの食事は本当にどれも美味しく、心が調うような味わいです。
食後は外で円陣を組み、ミーティングが行われました。初めて滞在する人はここで自己紹介をします。その後、全体への共有事項やワークショップの案内がありました。私たちは堂頭老師から「触れてはいけない植物」について説明を受けた後、ワークショップに参加する予定でしたが、人数が多いため参加できないことを伝えられました。そこで、散歩をしながらビーチへ向かいました。
のんびりとした海辺で石積みに挑戦しました。これが思った以上に難しく、すぐに崩れてしまいました。それでも、目の前に広がる大きな海と空とカナヘビ?が「大丈夫だよ」と語りかけてくれているようで、心がとても穏やかになりました。

昼食の時間には、「今日はみんなと話してみよう」と思い、黙食の10分が過ぎたところで声をかけようとしました。ところが、周りの人たちは誰も話しておらず、不思議に思っているうちに、自分が「サイレントテーブル」に座っていたことに気づきました。悔しい!

午後はハイキングです。およそ2時間半かけてトレッキングコースを歩きました。天気は暑すぎず寒すぎず、まさに最高のコンディションでした。道中では馬やコヨーテの糞を見かけたり、赤や黄色の花々が咲いていたりと、自然の豊かさを全身で感じる時間になりました。

夜は坐禅が行われ、僧堂と同じように鳴らし物が響きました。坐禅堂で多くの人と共に坐ることは場所問わず素晴らしいものです。

そして、グリーンガルチファーム蒼龍寺3日目!
この日の朝は暁天坐禅から始まりました。最初に『普勧坐禅儀』を誦むのですが、どの部分を誦んでいるのかわからず戸惑っていたところ、隣の方がそっと教えてくださいました。どうやら、日によって前半と後半で読む箇所を分けているようでした。坐禅堂で行う坐禅は、やはり格別に気持ちがよく、心が静まっていくのを感じました。
坐禅の後は朝課があり、その中で「女性の系譜」の読み上げが行われました。これまであまり触れる機会のなかったので、新鮮に感じました。グリーンガルチの寺院は男性だけでなく、女性や様々な思想や信条、性などに配慮した空間を作り上げているように思います。
朝食はオートミールのような、ナッツや麦が入ったお粥でした。どの素材かは正確にわかりませんでしたが、とても美味しかったです。副菜のキャベツの炒め物には生姜が入っており、薄味ながらも深い味わいでした。残念ですが、写真はございません。
その後、いつものようにミーティングが行われ、午前中はソノマ・マウンテン禅センターを訪問しました。車で北へおよそ40分ほどの場所にあります。

禅センターでは、今後、寄付を募って山門や事務所、禅堂を整備していく予定とのことでした。住職さんの言葉からは、その計画を必ず実現させるという強い決意が感じられました。課題は多いものの、困難を前にしてもメンバー(檀家さん)の方と前向きに進もうとするその姿勢には、力強さと信念がにじんでいました!
最後に、鈴木俊隆老師と奥さまが分骨されているお墓にお参りしました。見晴らしの良い高台にあり、穏やかな風が吹いていました。以前、山火事があり、お墓の手前まで火が迫ったことがあったそうですが、今は静かに守られているようでした。

最後に
日本から遠く離れた地で、曹洞宗の教えを真摯に学び、日々実践している方々と出会えたことは、深い感動を覚える体験でした。
坐禅に行じ、経典に学び、共に暮らしながら修行を重ねる姿に、仏道の普遍性を感じました。
素晴らしい場所を訪れ、心に残る多くの気づきをいただきました。
しかし、様々なお寺の歴史や立地などの背景を伺ってみると、現在抱える「維持管理」や「人材・後継者」、「経済的基盤」など課題が自然とあがっていました。お寺や僧侶が檀家さん、地域とのつながりを積極的にもち、社会と接続することは当然大切であり、継続していく必要があります。一方で、「人材・後継者」、「経済的基盤」をいかにしていくかというのはより具体的に検討すべき課題であると思いました。


