1年のはじまり

辰からのバトンをもらった巳。ヘビが脱皮を繰り返して成長する様子から、新しいことに挑戦したり、変化を受け入れたりする成長と再生の年。2025年は世界中が笑顔溢れる年になればと思います!

1年あっという間

あれをやろう!これをやろう!あっ、できなかった…。なんでできなかったんだ。あーすれば、こーすれば…。いや、違う。むむむっ。

といったことが昨年あり、「人生は思い通りにいかない」ことが前提におきつつも、右往左往してしまう。自分の期待とは裏腹に現実は現れず。そういう時は頭の中で考えていることが多いような気がする。

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり

『傘松道詠』

これは日本の近代文学を代表する作家の川端康成(1899年–1972年)が1968年のノーベル文学賞受賞者として受賞記念講演が行われた際に道元禅師の和歌を冒頭で詠んだことで広く認知されるようになった。
この和歌は本来の面目、つまりはもともともっている真実の姿。

重なる部分があると思う和歌として、

峯の色 谷の響きも 皆ながら 吾が釈迦牟尼の 声と姿と

『道元禅師和歌』

この和歌の解説を角田泰隆先生は

私たちの身近にある山や水は、そのあり方を充分に現すことで、お釈迦さまの教えを説いているといいます。山や水のあり方、そして山や水の究め尽くされた功徳が、お釈迦さまの説法だということ

『道元『正法眼蔵』をよむ 下』

ここでいう、お釈迦さまの教えとは簡単に言えば「丸出しの存在」であり、大自然そのもの。自然のひとつひとつがそこにあること。川は川として、山は山として。

最初の道元禅師の「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」という句は、四季の移ろいとそれに伴う自然の美しさを詠んだもので、禅宗では「無常」や「現在(いま)」の重要性が強調されており、この句も四季の変化を通じて、自然の一瞬一瞬の美しさや、その儚さを感じさせながらも、真実のありようを見極めることを伝えているのではないでしょうか。

今年は頭の中でばかり考えずに目の前のことをみて、正しく行動していきたいと思います!

 

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